雨晴海岸

雨晴海岸

 雨晴海岸は、能登半島国定公園に位置づけられ、自然に恵まれた風光明媚な地域です。雨晴海岸から見る立山連峰の雄大な眺めは一時、人の気持ちを映画のワンシーンに引き込むような強い印象を与えます。特に海に浮かび雪をかぶった立山連峰の山々、特に、正月元旦に仰ぐ日の出は黄金そのもので、この世のものとは思われないくらいすばらしい光景です。その絶景を撮影しようと100人近くのカメラマンが岩場に陣取りする風景も見ものです。
 標高3000m級の高峰が海上から眺望出来るところは、世界で3ヶ所といわれ、
@イタリアのベネチアから見えるアルプス山脈
Aチリのバルパライソ市から見えるアンデスの屋根
B雨晴海岸から見る立山連峰
と言われてましたが、最近の調査で、3,000m級の山々を海上から見えるのは、ここ雨晴から氷見の海岸にかけてだけでは?ということがわかりました。

松太枝浜 又、雨晴海岸は「日本の渚百選」の一つとして選ばれ、日本海沿岸でも 遠浅で絶好の海水浴場として知られ、義経岩から松太枝浜まで家族づれや若者等大勢の海水浴客が訪れます。また最近では、テント持参でキャンプする光景も多く見られます。
 初夏の6月下旬頃からは、キス釣りが盛んとなり、朝早くから多くの釣り舟が雨晴海岸沖に糸をたらしています。一方、波の高い冬は県内外のサーフィンファンで賑わいます。

義経岩・男岩・女岩


義経岩

義経岩

1187年(文治3)、源義経が兄頼朝から追われて北陸から奥州へ向かう途中、にわか雨が晴れるのを待った(雨晴の由来)という言い伝えがあります。
※岩上の植物は 松
男岩

男岩

日本海の荒波に立ち向かうような雄々しい姿から男岩と呼ばれるようになったと云われています。
※岩上の植物は 松
女岩

女岩

周りにいくつかの小岩があり、子を持つ母のような様から女岩と呼ばれるようになったと云われています。
※岩上の植物は 榎、松
女岩については、こちらもどうぞ

  • 義経岩補修・補強工事について
  • 2008年3月に保全工事に着工し、岩に鉄筋を埋め込んだり、亀裂に接着剤を流し入れ強度を高めた。義経が雨宿りしたとされる岩を支えるために設置されていたコンクリート製の柱は、周辺の自然石と調和するデザインのものに取り換えました。(2008年10月2日完工)

  • 「男岩(おとこいわ、おいわ)」、「女岩(おんないわ、めいわ)」について
  • 「男岩」、「女岩」について記されている古書で最も古い(定かではありませんが・・・)のは、加賀藩の学者森田柿園《文政6年(1823)〜明治41年(1908)》が著した『越中志徴』というものです。 この『越中志徴』の中に宝暦14年(1704)に編纂された『旧蹟調書』の中に書き記してあったとして次のように書かれています。
    ●男岩:宝暦14年 旧蹟調書に
    男岩、太田村領岩崎之内紅葉川尻浜より五、六町ばかり沖にあり岩の廻り三十間ばかり也
    ●女岩:宝暦14年 旧蹟調書に
    女岩、太田村領岩崎之内渋谷尻浜より十間ばかり沖にあり岩の廻り弐十間ばかり也

    男岩、女岩という島の名前は、宝暦14年以前からあったことがわかります。つまり、300年以上も前から男岩、女岩と呼ばれていたのです。